AIと家庭教師

高市早苗首相がチームみらい安野貴博氏との党首討論で、「必要があれば、私いつでもカテキョに参ります」と安野氏がAIの家庭教師を申し出て、高市首相が「ぜひお願いします」と返したことが話題になっていますね。

ニュースに「カテキョ」「家庭教師」の文字が出るのは珍しいので、つい注目してしまいました。

私は高市首相に対しては「人気があってすごいなあ」くらいで思い入れはないのですが。安野氏の「AI専門家キャラ」を立てつつ、対立より柔らかい空気を作る意図が読み取れました。よく言えば「したたか」悪く言えば「あざとい」受け答えだったと思います。

高市氏自身もAI活用に前向きな立場を取っているようですね。まあ、今はAIに拒否反応を見せると「古い」と見られやすい時代。「ぜひお願いします」と軽く乗る方が得なんでしょうね。

それはそうと、安野氏も、いかにも「家庭教師」然としたいでたちですよね。

私もAIは少し利用しています。文章の整理をしたり、調べものの入口にしたり、計算ミスがないかのチェックに使ったり…昔なら何時間もかかっていたことが数分でできます。正直、便利だなと思う場面はかなり増えました。もちろん、使い方を人に教えるレベルにはないですが…

「家庭教師という職業自体もAIにとってかわられるのでは?」という話も何度か聞いたことがありますが、私は少し違和感をおぼえます。

勉強は結局は人間が人間に向き合う作業です。AIは答えを出すのは速い。分からない問題の解説もできる。励ます言葉だって、それっぽく返してくれる。ただ、「この子は今どこでつまずいているのか」「本当は理解していないのに分かったフリをしている」「今日は集中できていない」みたいな空気は、やっぱり人間の先生の方が敏感です。

西宮市のような教育熱心な地域では特にそうですが、家庭教師は単に知識を教えるだけの仕事ではありません。雑談しながらコンディションや状況を見極めたり、テストで落ち込んだときに励ましたり、逆に油断しているときに渇を入れたり。「今回は頑張ったな」と変化を見つけたり。そういう部分は、まだAIには難しい気がしています。

もちろん、これからAIはもっと進化すると思います。学校でも仕事でも、使える人と使えない人、もっと言えば【使おうとする人】と【使おうとしない人】の差はどんどん広がるでしょう。だからこそ、「AIか人間か」ではなく、「AIを使いながら、人間にしかできないことをどう残すか」が大事なのかもしれません。

少なくとも私は、本当にしんどい時に欲しいのは、正確な答えより、ちゃんと向き合ってくれる人間の助けだと思っています。自分自身もそうありたいですね。